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Megahorse

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照哉氏とロマンとファン 

どもです。秋競馬も本格的にはじまりました。はい、夏競馬はすっかりさぼっていたため、馬券ではまたブランクができてしまったという状態ですが、まーちょくちょくやっていこうと思います。

で、まあすこしまえですが、競馬がつまらなくなったどうこうという話題がございました。競馬が楽しいとかつまらんというのは個人の感情ですのでどうしようもないですし、他人がどうこういうことでもないですが、少しだけ(一応りんくしときます)。

社台の独裁などというのはどういう意味で用いてるのかよくわかりませんが、社台がすこしでも絡んだら駄目なんですかね。そうなると、あんまり社台を意識しすぎないほうがよいのでは?という気がしますかね。スタリオンとしての社台、生産者としての社台、オーナーとしての社台、セールを開く社台、全部ひっくるめてしまうと、まーどこにでも現れますわな。そういう見方をしてしまうと、タニノギムレット、ウオッカやら、アパパネやら、ジョーカプチーノやら…についても、ただ社台うぜえで終わってしまうのかな、だとしたら残念かなと思う。

同意できるかなって部分もある。照哉氏のインタビューでこんなのがあったそうだ、私は実際読んだことはない。

「アンティックヴァリューの血統表を見たとき、すぐにソフィアの近親だなって気付いたけど、だから買ったというわけじゃない。いちいち1頭の血統にこだわってるヒマはありませんから」(『優駿』93年8月号)



これについて、そんなこと言ったらあかんやろってのは場合によっちゃ分かるかも。こういう優駿のインタビューにおいて「ロマンですなぁ」みたいなことをゆっておけばええんちゃう?って意味において。つまり、実際はそう思っていなくとも、こういう夢のある、というか、ロマン的なことが現実におこったなら、ファンが喜びそうなことをゆっておいてもよいと思うってこと。
ま、個人的には本気で思ってることをいってくれるテルヤ氏が好きだし、勉強になるなぁなんて思うけど、夢のあることをゆっといたほうが盛り上がるなら、ファンサービスの一環として適当なことを言うのもよかろうという見方も分かる。

でもね、そういうロマンを本気で追いかける、つまり理性、理屈で考えなくなってしまったりするからこそ、どんどん追い込まれている人たちがいるのではないかなと思うのよ。だいたいね、ロマンってなんなんだろう、勝ちに至るまでの物語にぐっとくるものがあるとかどうとかかなと思ったりするけど、そういうのは結局あとづけでいいんだと考えるわけだ。
生産者というのはあくまでお仕事として馬に関わっている。そこでロマンを最優先にしてしまう(社長のロマンであれ、ファンのロマンであれ)ってのは、個人的にはその時点で長続きはしないだろうなと感じるだろう。お仕事なのだから、しっかりお金を獲ってこなければならない、で、それがお金を払う人のためにならねばならない。だから、ロマンを追い求めて落としてくれる金が、勝利を求めて落としてくれる金より多ければ、自然とそうなるんじゃないかのお。

で、そういう観点からいくと、金持ちのオーナーブリーダーとか、馬主さんなんかは別に仕事としてやってるわけではないし、自分の物語ってのをある程度大事にすることができる人もいるんでしょう(ま、ごく一部でしょうが)。たとえば、利一氏がどっかのインタビューで、「今年の2歳は自分の持ってた馬の子供を集めたんだ。だから大きな結果は望めないかなと思う。でも、それも馬主の仕事だから」みたいなことをおっしゃってました。まーかっこええわな、こんな風に言ってみたいですわ。そういう意味で金子氏のアパパネなんて鳥肌もんですよね。

でね、そんな個人の主観を社台様におしつけるのはどうかなと、ぶつける方向が違うかななんて思うわけです。自分の好きな競馬を楽しむために社台が変わらないといけないのかどうか。社台が日本競馬の中心だとおもうし(生産界では)、社台・非社台という分け方が一番しっくりくるかなと思うけど、それでも日本競馬を個人で楽しむに当たって、社台を避けることができないかというとそうではないと思うのですよ。
もしあれなら、JRAに意見するほうが意味は分かるかも。ある一定割合のファンが社台嫌だっていって離れていくのであれば、そこが離れて困るのはJRAですから、何かしら手は打つでしょうから。こっちの道筋は何か面白いことになる気もしますよね。

最後に、関係ないかもしれませんが、先日の凱旋門賞でね、私は自然とテレビの前で声が出ましたよ、叫びましたよ。おそらく日本のファンの多くがそうだったと思うのですよね。そういう風に自然に声が出る自分はやっぱ競馬が好きなんだなと、なんか感じたわけです。こういうレースであったり、このような馬に出会えることが一番の醍醐味だろうし、それが少しでも自分に近いところでおきることを願っているわけです。そんな感動に小難しいお話なんて必要ないやろうと、果たしてそんな小さなことが邪魔をするだろうかって私は思うのです。
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category: 競馬について

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ほんまに夢をみた 

ほんまに夢をみた。長い時間夢をみたよ。やったと思った、いや、確信すらした。



上の動画での2分25秒あたりで、小島太マンカフェ@ロンシャンではないですが、おそらくそれ以上に「やった」と思いましたな、うん、日本中が。
そこからはただひたすら叫びましたわ。一人で、手を叩き、足を叩きましたわ。最後まで夢を見ましたねぇ。

別にあたいがレース回顧してもしかたないと思うが、一応。
ナカヤマフェスタは気合もいい感じで乗っていて出来は上々だったかな。レースは途中ごちゃついたりあるが、フォルスストレートでギアが少しあがるところでも対応できていた、ちょっと上げすぎたかなみたいなところがあり一瞬控える部分があったか。今考えればこのあたりがスムーズならと思ってしまうが。ステイゴールド産駒というのがまた面白い、精神的に遠征に強いってとこを受け継いでるのかななんて妄想するが、どうかは知らん。
ヴィクトワールピサはこのあたり(フォルスストレート)が難しい、うまくいかなかった、というかユタカもこういうじわじわギアを上げる展開が持ちネタではないってのがあったかな。それでもあそこまで持ってきたのはよくやったと、レース後映像を見直して感じた。

勝ち馬Workforceはやっぱ内でじっとしながらうまく抜けてくるというレース振り。ただ、そこでスムーズにしっかり加速しながら抜けてくる芸当は人馬ともに日本のは難しいかと思ってしまうのだなぁ。英ダービー圧勝し、凱旋門賞も制覇、これだけみたらしっかり一流馬のものなのですが、なんか不思議な感じ。ナカヤマフェスタを競り落としたというレースもどのように評価されるのだろうか。

今年の凱旋門賞は日本馬が2頭出走するということだったのですが、世間での注目度はそれほど高いわけでもなかったと思う。3歳での挑戦ながらダービー馬ではないわけだし、ナカヤマフェスタも宝塚をひょいと勝っただけという見方もあったかもしれないとまで思う。

それでも、個人的にはある2点から、今回の挑戦過程、そして結果は大きな意味を持つかもなぁなんて思っていた。どちらもよく言っているし、よく言われていることなんだが。

ひとつはステップを使っての挑戦という過程、もうひとつは3歳での挑戦、この2点は以前から必要だと考えていたものであったわけ。こういう行程、予定を立てたとしても、その通りいかない(いろんな理由をつけてやめちゃう)ことが多く、今回順調に本番を迎えることができたのは素晴らしいことだったとおもうし、その上でどのような結果が出るのかというのは非常に楽しみだった。
ずっと実現してほしかった3歳での挑戦、それこそ3歳春の時点で口にする関係者はそれなりにいるのだが、実際チャレンジすることは難しかった。まぁそんだけ現実的に考えてリスクが高い、というか、そっちのリスクをとるほどのうまみがないってのがあるのでしょうが。そんななか、今回のヴィクトワールピサの遠征、挑戦を決断した陣営、特にオーナーの市川さんは偉いと言うか、ほんまに褒められるべき、評価されるべきだと思うわけですよ。結果についても距離不安とか言われながらも、7着だったわけですから、ようやったと個人的には思うわけです。

エルコン以上に悔しいレースだった、それはレース振りだけではなく、ここまでの過程、そして父内国産馬、父ステイゴールドでの2着というところに多く感じるところがあったのだろうなと思うのです。
興奮状態で、何か書きたい、別に意味がなくともなんか書いておきたいと思ってのとても久しぶりのエントリとなりましたが、また、コレを機に続けていけたらなんて思います。まー今日は寝れませんな。

category: 競馬について

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